大学で三島由紀夫や郡虎彦(萱野二十一)をはじめとする近代作家によるアダプテーション作品に触れて以降、文学やマンガ、その他芸術作品において、能楽が作者にどう咀嚼されて作品に表現されるのか、みたいなことへの興味はずっと持っている。そのために、手の届く範囲でそうした作品は読んできたつもりだ(もちろん常にアンテナを張ってリサーチしているわけではないので、全然網羅出来ていない可能性もある。)。
研究でもなんでもない、おそらく趣味的な内容になるが、せっかくだし少し能楽に影響を受けた「現代作品」(文学・漫画・アート)を、なるべく網羅的に書き残しておく。
…と書いてから1年くらい記事が眠ってたので、とりあえず公開して、後日追記していきます。
※2024/11/9 若干追記し、「小説」と「マンガ」に分類をかえました。
小説
<個別の謡曲を扱うもの>
〈黒塚〉が下敷きにされてはいるものの、時代をまたいで紡がれる壮大なSF伝奇小説である。不思議なことに手塚治虫も〈黒塚〉をSFマンガに仕立てている。そうしたことが可能なのは、〈黒塚〉シテの正体が曖昧だからこそだろう。この小説は主人公の名前とかを書いてもネタバレになるので、Amazonのリンクだけを貼っておきます。アニメにもなっている。
表題作のほかに「卒塔婆小町」「浮舟」を収録。「卒塔婆小町」が一番能楽っぽいかなと感じた。どれも繊細なようでいて通貫する感情の烈しさがある。マンガだが、『マイ・ブロークン・マリコ』を読んだとき、少しこのひとの「浮舟」を思い出した。
野村萬斎監修の「現代能楽集」の舞台台本2本。舞台にかけるものなので、当然、作者の頭には三島由紀夫の『近代能楽集』があるのだが、それ以上に現代の物語として描こうとした作品。
表題作は〈花月〉のオマージュ。ほか、「やま巡り〈山姥〉」「小狐の剣〈小鍛冶〉」「鮎〈国栖〉」「猟師とその妻〈善知鳥〉」「大臣の娘〈雲雀山〉」「秋の扇〈班女〉」「照日の鏡〈葵上〉」。時代小説の界隈では今を時めくお方だと思うので、そうした方がこのように能をテーマに作品を書かれることがうれしい。
<能楽師、能楽そのものを扱うもの>
世阿弥とほぼ同時代を生きながら資料に乏しい能楽師・犬王を主役に据えた物語。ほんとに資料が無い分奔放に、闊達に、疾走感あふれる"ものがたり”。これを読む人は、本作が原作になったアニメーション映画「犬王」を観るのもいいが、能楽に興味があるのなら、ぜひ古川日出男訳「平家物語」(池澤夏樹=個人編集 日本文学全集)の方を併せてご一読あれ。
世阿弥の最盛期ではなく、晩年を描くというチャレンジングな作品。佐渡配流の場面から始まるのだが、波間を見つめる世阿弥と亡き息子元雅の見つめたものの違いについての語りが、個人的にはとても的を得ていてお気に入り。語りが元雅というのもクライマックスに向かうにつれ効いて来る。フィクションとして、縁や奇跡というものの印象が強すぎてもいけないと思うのだが、そのバランスがよい。
織豊の時代を生きた実在の能楽師・暮松新九郎を主人公に、秀吉の朝鮮出兵前後の生き様と能との出会いや傾倒を鮮やかに描く。何といっても史実とフィクションの織り交ぜ方が見事としか言いようがなく、クライマックスにも驚かされること間違いなし。能を知らなくても歴史小説としてとても楽しめる作品。
・多和田葉子『不死の島』(アンソロジー『それでも三月は、また』所収)
物語世界で流行っているものとして「夢幻能ゲーム」というものが出て来る。これを読んだ当時は、なんとなくどうしてそんなものが流行ろうかと訝しんだが、なるほど選んだ経文で成仏できるならそんなにマシなことはないだろうと思わせる物語だったなと。
・波多野聖『能楽師の娘』
漫画
無料話があるようなものは、なるべく読めるリンクにしています。
・成田美名子『花よりも花の如く』 能楽マンガといえばこちらの作品なのではないかと思う。主人公の能楽師・榊原憲人はもともと著者の別作品に登場していたキャラの兄で、スピンオフとして始まったというから驚き。話ごとに謡曲の内容もかなり詳しく登場するので、物語と謡曲両方が楽しめる作品。
・みやのはる『能楽師探偵 月城奏人の心得』 若手天才能楽師で探偵…!すごい設定のミステリ物。難しい設定だが読みやすくギャグとシリアスのバランスもいいからもっと続いてほしかった作品。逆にいえば短いのでサクッと読みやすい。
世阿弥を主人公に描く、とにかく熱い芸道マンガ。能の身体性、身体芸術に興味のある人はめっちゃはまると思われる。この漫画と『風姿花伝』を併せ読みすると、おそらく解像度が高くなる気がする。
雑誌『幽』に連載されていた謡曲をテーマにした連作集。美麗な波津先生の絵柄で無理なく謡曲の筋を理解できる初心者にもおすすめな本。「葵上」「定家」「小鍛冶」「羽衣」「清経」「通小町」「紅葉狩」「猩々」「隅田川」「道成寺」「海人」のほか、夢野久作「あやかしの鼓」の漫画も!
2024年10月連載開始の能マンガ。能の監修は宝生宗家ということでとても力の入った描写!昨今、芸能界や舞台芸術に本気の若者青春グラフィティ的なマンガがいくつかあるけれど、大枠ではそういうところに分類されるのかな?まだまだこれから展開していくということで、能を知ってる方も知らない方も楽しみながらリアルタイムに読み進めていける作品のではないかと期待。
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