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「くずし字を読むAI」を歓迎する理由


AIがくずし字を読む時代

古典籍のくずし字をAIに解読させる課題で、東京農工大学の研究チームが優秀賞をとったそうだ。

ネットニュースやSNSで少しく話題になっていたが、評判には批判もつきもので、

「AIが読んでくれるから専門家いらなくなるとか思われるんじゃないか」というネガティブな意見もちらほら見えた。

私も古典を研究する身として分野の行く末は心配だが、今回の取り組みは大歓迎だ。


こうしたニュースでもない限り、くずし字が人々の話題にのぼることあるだろうか?人々の関心を、くずし字に向けてもらえただけありがたい。

ただ、どうせなら関心ついでに【AIに「解読」させるレベルの文字群が、明治以前われわれが日常的に使っていたもの】だという事実にも注目してくれたらいいのにと思う。

標準のかな文字が制定されるまで、漢字はもとよりひらがなにすら何通りも字形があり、私たちはそれを駆使して物をしたためていた。そしてその複雑さゆえに、近代化の過程で文字の標準化はさけて通れなかった。結果として、ほとんどの国民がおおよそ100年程度昔に書かれた書物すら読めないという、過去との激しい断絶が訪れたとしても。

閑話休題。

かつて、日本文学を研究している留学生にぽつりと「日本人は可哀想だ」と言われたことがある。

「僕たちの国では、400年ほど昔の言葉も方言程度の違いしかない。だからおおよそはすぐに理解できるし、研究することはそこまで難しくない。でも日本人は、言葉遣いも文字も違う。大変だね」

実際、くずし字を読むことは大変だ。というよりも、別の言語を習うような感じで根気がいるし、専門的に学ぶ以外で若い人が触れることができない。

私は学生時代に演習で初めて翻刻をやったが、とんでもなく面倒くさかったし最初は全然わからなかった。いつも翻刻された文庫本を横において課題をやるズボラな生徒だった。

それがいつからか、辞書を片手に飽かずに読み進めることになったのは

ひとえに其処に記されている「ことば」の力に引き寄せられたからにすぎない。

昔の人たちの綴ったことばは、時に生々しく、陰惨で悲しく、かと思えば真綿のように美しかったり、笑ってしまうほど私たちに似ていたりする。

その時の誰かのために書かれたものもあれば、未来の、つまり私たちのために書かれたものもある。その人たちは、文字の断絶などが起きるとは思いもせず、自分のあとを生きる人たちのために記したのだ。それを受け取ることができないのは、あまりにも悲しい。


そう、文字とは過去の誰かと私たちを繋ぐ、ほぼ唯一の意思表示ツールでもあるのだ。


「祖先の我々に残したものは、きびしく言へば、言語しかない、と言つてもよいのです。考へ方も考へたものも、何もかも言語が留めてゐるのです。言語を大切に、厳粛な態度を持つ以外はないのです。」

                ――折口信夫「先生の学問」『民俗学新講』明世堂書店(1947)

文字は過去からのメッセージ

くずし字や古式の書き文字を読めないことで過去からのメッセージを受け取り損なった最たる例は、東日本大震災のときに少しく話題となった、「津波記念碑」ではないだろうか。

勿論、石碑が読めなくてもちゃんと先人の教えを語り継いで、被害を抑えられた地域もある。だが、そのメッセージに気づけなかった地域も同じくらい存在するのだ。

沿岸部に作られた石碑のひとつを見たことがある。高台で生い茂る草の中、篆書のような書体で書かれた立派な石碑には、「低い処に家を建てるな」と書かれていた。しかし、当時この文字を読み従った人はだれもいなかった。

その石碑より下の開けた平地に、流された住宅の基礎部分だけが虚ろに立ち並んでいた光景を、私はおそらく生涯忘れられないだろう。

でも、仮に私一人が石碑の存在を覚えていたとして、何に成ろう。

人の記憶は、死んだら継がせることができない。そこで終わってしまうのだ。


記憶や口伝がおぼつかないとなると、最後はやはり「書く」ことしか残されていない。

となると、何百年先の人たちには(そのころ日本語が今の形なのか、存在しているかも怪しい世界で)、やはり頑張って「解読」してもらわねばなるまい。


AIは【解読】のためにある

「くずし字」はあくまでもツールであり、私たちは、そこに記された思いや事実を読み解く=【読解】することであらゆる過去を知る。

AIが行った【解読】とは、通常読めないものを読めるようにすることであり、私たちが行う【読解】は文章の意味を読みとることである。

AIが【解読】してくれることで、研究者のマンパワーが追い付かない部分をカバーしてくれるようになれば、より一層、我々の【読解】が加速することになるはずだ。

だから私は、AIを歓迎する。何百年先の誰かのために、そして今、未来へなにかを書き残そうとする全ての人たちのために。


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