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執筆者の写真cocon

奥能登国際芸術祭れぽ

9月から開催していた奥能登国際芸術祭、50日の会期が終わってしまったので、備忘も兼ねて。

キーワードは【漂着】

勝手にキーワードにしてしまったけれど、今回の芸術祭が「さいはての芸術祭」と銘打つことへの理解には【漂着】と言う言葉が適切だと思う。

海流の関係、そして日本海に突き出す半島の地形ゆえ、古代から中世まで奥能登は大陸との海上交通の要所だった。そのため能登には大陸系の祭が多く残っているし、漂着神の伝説も多い。作品の中でも、海から漂着した物や神にインスピレーションを受けたものが目立っていた。

漂着したものは、ヒトであれ、モノであれ、長い歴史の中でこの奥能登に息づいて“風土”となった。

奇祭と呼ばれる奥能登の祭りの多くは大陸系の流れを汲んでいて、海産物の加工には他の地域では見られない発酵技術が使われていたりする。

万事スムーズではなかっただろうが、ソトから【漂着】するものを受け容れる風土が自然と根付いて、この土地を形成しているということを、最先端の美術表現が難無く溶け込むさまを見ていて改めて感じることができた。

陸からの【漂着】

ソトのものを受け容れ、繁栄することを、此処の人達は本能的に知っている。が、此処でいうソトは実は海の向こうのみではない。

芸術祭の公式グッズには、軒並み人魚が描かれている。しかし、グッズの一つである手ぬぐいに、人魚と並んで丸に蝶の家紋が描かれている。

ご存知、丸に蝶は、平家の家紋だ。

特に清盛入道以下の者たちが好んで愛用し家紋となったという。


歴史の教科書などでも触れることは多いが、奥能登は平家の落人たちが身を寄せた土地でもある。「平家にあらずんば人にあらず」で有名な平時忠の墓も実は此処にある。源氏に敗れたあとの配流先が奥能登だったのだ。

この芸術祭に行くまで、個人的に「能登には平家の末裔の人たちが一定数いる」、という程度の認識しか持っていなかったのだが、実は展示を回っているとこの家紋に、そして平家にまつわる姓を持つ方々に、思った以上に沢山出会うことに気付かされた。

考えてみれば、かつて隆盛を誇った一族である。時忠は配流という形で奥能能登に【漂着】し、此処で一生を終えた。その従者、郎党が一定数此処にやって来たことは想像に難くない。

【漂着】した平家の人々は、この地に根を張り、やがて豪農や海商として、またこの地を拠点にソトへと飛び出していった。

上記は、今も銭湯として運営する建屋で、その家の歴史を展示したインスタレーションの一部だ。

田の神を迎える神事「あえのこと」で使われた裃の家紋も、やはり丸に蝶であった。

長い年月の中に、陸から【漂着】した一族は確かにその歴史を繋いできたのだと感じた。

ちなみに、作家さんの中に意図があったかはいざ知らず、隣に掛けられた一幅の掛軸が“波に入日”であることには非常に驚いた。

能楽において、負け修羅扇とよばれる扇に描かれる図案と同じものだ。

それは奇しくも平家の公達たちをはじめとした、敗れた武者たちを象徴するものなのである。

【漂着】し、萌芽する

今回の芸術祭の中で最も驚き最も重要さを感じたのはこの作品だ。

「さいはての漂着神」と名付けられたこの作品は、海辺に設置された舟と鯨の骨のような構造物の中に、一体の像が安置されている。

上の写真がその像なのだが、見てわかる通り、像の掌に、足元に、無数にお賽銭と思しき貨幣が置かれている。

これには素直に驚いた。

つまりは、訪れた人が本能的に、あるいは意図的に、作品を神として扱ったということになる。

私は図らずも、此処に一つ新しい神話の誕生を目撃したのかもしれない。

それは芸術が現実に干渉し得ることを示した。芸術の力が、ある種閉塞的な現実を変えられる。これが何よりも、希望に思えて嬉しかった。

祭りの後に残るもの

芸術祭は終わってしまったが、いくつかの作品は残す予定があるらしい。

先に述べた漂着神は、野外の展示なのでそのまま置かれることはないと思う。しかし、あの美しい海辺にたたずんでいた姿は、太古の昔から奥能登に【漂着】して来たあらゆるヒト、モノそしてそこから生まれた土地柄を象徴しているように思えた。

各作品の展示場所となった廃虚 ー二度と電車の走らない駅、誰も住まない家、映写機のない映画館、子供のいない保育所などー は、展示が終わって、一先ずは元の静寂に戻るのかもしれない。

でもきっと大丈夫。往時が戻ってこない代わりに、また何かの姿をした僥倖が必ずやって来る。

芸術祭はそれを認識させてくれた。

だって此処はさいはての地、これまで同様、あらゆる可能性が海から陸から【漂着】し、萌芽する肥沃な文化圏なのだから。


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